2011.05.11
こんにちは。看護師の濱崎です。
GWも終わり、そろそろ梅雨の時期ですね。暑くなってきて熱中症になりやすい時期になりますので、みなさん気をつけてくださいね。ワンちゃん達はヒトに比べて地面にとても近いので、お散歩は涼しい時間帯を選んでしてあげてください^^
さて、私はこのGWに、長いお休みをいただいて実家に帰ってきました。
私の実家は鹿児島から約300km南にある小宝島という小さな島です。人口40人にも満たない、お店も病院も警察も信号機もなぁ~んにもない島です。しかし今回は、島には帰らず、鹿児島本土の方で家族と過ごしました。
今日は、満17歳になる柴犬とハスキー犬の雑種、サン(♀)について少しお話させていただこうと思います。
この子は私が小学4年生のときに小宝島にやってきました。小さいときはまんまるで、とても好奇心が強く、誰にでも優しく、また、誰からも愛される犬でした。島で唯一の犬だったので、本人も自分のことを犬とは自覚していなかったように思います。
私とサンは兄弟(姉妹なのですが笑)のように常に一緒に過ごしました。ひとつひとつサンとの思い出をここに書きたいのですが、膨大な量になってしまうので・・・やめておきます^^;
私が高校、大学へ進むということで、サンとは離れ離れの生活になってしまいます。1年に3~4回くらいしか会うことができなくなってしまいますが、帰省するたびにサンは元気に私を迎えてくれました。島育ちで、毎日サンゴ礁の上を散歩し、元気に走り回っているせいか、サンは本当に元気な子でした。15歳になったころから少しずつ老いを感じさせるものの、それでもまだまだずっと一緒に生きていける(たとえ遠くにいても)ものと思っていました。
そんなサンが今回会ったときはもう、耳も目も鼻も効かなくなっていました。そして、私が帰っている2,3日の間にさらにがくっと体力が落ちてしまったのです。
ご飯も食べなくなり、常に不安そうでしっぽもおろしたまま。息も荒くなり、目もうつろ。もう、いまにも向こうへ逝ってしまいそうでした。夜中、隣で眠っているサンがちゃんと息をしているか不安で、何度も目を覚ましました。
動物病院で働いていると、どうしても死に触れることがあります。
その中で、「老衰」というのはどうしようもないものだと思っていました。老衰で死ねるのは病気や事故で亡くなるよりも幸せだと思っていました。しかし、実際、自分の子に置き換えると、「老衰が幸せ」だなんてとんでもない、と痛感しました。今までの自分を恥ずかしく思い、深く後悔、反省しました。
今でも、寿命をまっとうできるのが一番だという考えは変わっていません。ただ、それでも、どうしても、残された家族は淋しいし、悲しいしやりきれないのだと、分かったのです。ちょっとでもいいから長く一緒にいたい。もう少し、もうちょっとでいいから、隣で存在を感じていたい。
今までも分かっているつもりでしたが、自分で体感して改めて思い知らされました。
現在、サンはなんとか小宝島に帰って、1日1日をゆっくり過ごしています。
島に帰ると不安感もなくなったようで、少し元気もでてきたそうです。食欲がないのは変わらないし、散歩もあまりできなくなったけれど、島に帰れて本当によかった。。。
私も家族も、前よりいっそう、サンとの時間を大切にしています。私は会えないけれど、本当は帰ってずっと一緒にいたいけれど、きっとつながっていると思っています(自己満足かもしれませんが)。
いつかサンが逝っちゃうのは哀しいけれど、あの子が、苦しみ少なく、静かにその日を迎えられればいいな。
本当はサンのことを考えるだけで涙が出そうになるのだけれど。
最期は私のヒザの上で逝ってほしいけれど。
母にまかせてしまうのも申し訳ないのだけれど。
今は1日でも長く一緒の空気を吸っていたいと思っています。
動物を飼うということは、本当に生半可な気持ちではいけないと思います。その子と過ごせる「今」という奇跡を大事にしたいものですね。