2025/9/3
腫瘍科
ダックスフントの肛門嚢腺癌及び肛門周囲腺腫を併発した一例おしりのしこりに要注意
犬の肛門嚢腺癌と肛門周囲腺腫は、いずれも肛門周囲に発生する腫瘍であり、特に高齢の犬に多く見られます。
どちらも初期では無症状あるいは軽い症状のみの場合が多く、発見が遅れがちな病気です。
「肛門嚢腺癌と肛門周囲腺腫ってどう違うの?」
「どうやって治療するの?」
「予防ってできるの?」
このような疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
今回は似て非なるものである犬の肛門嚢腺癌と肛門周囲腺腫という2つの病気について、当院で診断・治療した実際の症例を交えながら解説していきます。
ぜひ最後までお読みいただき、これらの病気について知っていただけると幸いです。
犬の肛門嚢腺癌・肛門周囲腺腫とは
肛門嚢腺癌と肛門周囲腺腫はどちらも肛門周辺に発生する腫瘍です。
名前もよく似ていますが、性質は大きく異なります。
肛門嚢腺癌
そもそも肛門嚢(こうもんのう)という言葉自体、聞き慣れない方も多いのではないでしょうか。
肛門嚢は、犬や猫の肛門の左右に1つずつある小さな袋状の器官です。
独特なにおいの分泌液を出し、この分泌液はマーキングや便の排出を助ける役割を果たします。
ちなみに、動物病院で行う「肛門しぼり」とは、肛門嚢に溜まった分泌液を出してあげる処置のことです。
肛門嚢腺癌は肛門嚢に発生する悪性腫瘍で、性別や避妊去勢歴を問わず生じます。
診断時にはすでにリンパ節や肺などに転移していることもあり、その場合の予後は厳しいです。
肛門嚢腺癌が産生するホルモンの影響で高カルシウム血症が認められる場合もあります。
肛門周囲腺腫
肛門周囲腺は肛門周囲の皮膚にある皮脂腺の一種です。
肛門嚢と異なり袋状ではないため、分泌液を溜めておくことはできません。
肛門周囲腺腫はこの肛門周囲腺に発生する良性腫瘍で、未去勢のオスに多く見られます。
男性ホルモンの影響で発生するため、去勢手術により予防できます。
成長はゆっくりで、転移することはほとんどありません。
ちなみに猫は肛門周囲腺を持たないため、肛門周囲腺腫という病気自体が存在しません。
肛門嚢腺癌・肛門周囲腺腫の症状
初期の段階では、どちらも以下のような症状が見られる程度です。
- 肛門周囲のしこり
- 肛門周囲の腫れ
- 肛門を舐める
- 肛門を床にこすりつける
しかし、進行すると以下のような症状が現れます。
肛門嚢腺癌の症状
- 肛門周囲の急激に大きくなるしこり
- しこりの破裂・出血
- 元気消失
- 体重減少
- 排便障害
- 高カルシウム血症による症状(多飲多尿、食欲不振、嘔吐)
肛門嚢腺癌は放置すると命に関わる病気です。
早期発見のためには、飼い主さんによる日常的な観察や定期的な動物病院での健康診断が重要です。
肛門周囲腺腫の症状
- しこりからの出血
- 排便障害
- 排便痛
肛門周囲腺腫でも肛門嚢腺癌と似た症状を示します。
これらの症状は直接命には関わらないものの、生活の質(QOL)が低下します。
肛門嚢腺癌・肛門周囲腺腫の治療
肛門嚢腺癌は悪性腫瘍であり、一方の肛門周囲腺腫は良性腫瘍です。
そのため、両者では治療方針が異なります。
いずれの場合も、治療方針は腫瘍の進行度や転移の有無、犬の状態を総合的に判断し、獣医師と相談しながら決めましょう。
肛門嚢腺癌の治療
肛門嚢腺癌は悪性腫瘍のため、積極的な治療が必要です。
下記のような治療法があります。
- 外科手術:腫瘍及び周辺リンパ節の切除
- 化学療法(抗がん剤):転移がある場合や術後の補助療法として
- 放射線療法:手術が困難な場合や補助療法として
- 支持療法:高カルシウム血症や疼痛を含めた諸症状の管理
肛門嚢腺癌と男性ホルモンとの関連はまだはっきりとわかっていませんが、男性ホルモンが病気に影響している可能性があります。
このことから、未去勢オスでは再発や悪化を防ぐため去勢が推奨されます。
肛門周囲腺腫の治療
肛門周囲腺腫は良性腫瘍のため、手術で腫瘍を完全に取りきれば治る可能性は高いです。
腫瘍が大きすぎてすぐには切除できない場合は、まず去勢手術を行い、腫瘍を小さくしてから切除することもあります。
また、再発を防ぐために腫瘍切除と同時に去勢手術を行うことが多いです。
肛門嚢腺癌と肛門周囲腺腫を併発した実際の症例
今回は、ミニチュアダックスフント、17歳、避妊メスの症例をご紹介します。
1年前から肛門の右側にしこりがあり、徐々に大きくなってきたこと、肛門上部にもしこりが認められたことから外科手術を実施、切除しました。
切除した腫瘍の病理組織学的検査を行ったところ、肛門右側は肛門嚢腺癌、肛門上部は肛門周囲腺腫との診断でした。
癌細胞が血管やリンパ管の中に入り込んでいる様子は見られず、転移はないと考えられました。
現在は再発防止のための薬物療法として分子標的薬を内服しており、経過は良好です。
今後も再発がないかを慎重に見守っていきます。
肛門嚢腺癌・肛門周囲腺腫の予防
そもそも、これらの病気は予防できるのでしょうか?
肛門嚢腺癌と肛門周囲腺腫はそれぞれ異なる特徴を持つため、予防方法も異なります。
肛門嚢腺癌の予防
残念ながら、肛門嚢腺癌の確実な予防方法はまだわかっていません。
肛門周囲を普段から気をつけて見てあげることと、定期的な健康診断を受けることで早期発見・治療につなげましょう。
肛門周囲腺腫の予防
肛門周囲腺腫は、男性ホルモンが関係してできる腫瘍です。
そのため、去勢手術により肛門周囲腺腫の発生を予防できます。
まとめ
今回は肛門嚢腺癌と肛門周囲腺腫について、当院で治療した症例をふまえて解説しました。
いずれも肛門周囲に発生する腫瘍のため、外見や症状だけでは診断ができません。
肛門周囲腺腫は良性ですが、肛門嚢腺癌は悪性であり治療が遅れると命に関わります。
早期発見・治療が予後を左右しますので、特に高齢の犬では定期的な健康診断と日頃の観察を欠かさないようにしましょう。
また、去勢手術は肛門周囲腺腫の予防に非常に有効です。
「今更去勢なんて…」といったお悩みも遠慮なくお聞かせください。
肛門嚢腺癌及び肛門周囲腺腫の治療はもちろん、犬の体のことで何かご不安なことや疑問がある場合は、お気軽にご相談ください。